logo

広河隆一プロフィール

プロフィール

Profile

広河 隆一(ひろかわ りゅういち)

広河 隆一

ひろかわ りゅういち

  • フォトジャーナリスト
  • 月刊誌『DAYS JAPAN』発行人
  • 株式会社デイズジャパン代表取締役社長
  • 福島の子どものための保養施設「沖縄・球美(くみ)の里」設立代表・名誉理事長
  • チェルノブイリ子ども基金設立代表
  • パレスチナの子どもの里親運動設立代表・顧問
  • DAYS被災児童支援募金代表

取材者であると同時に、自らの取材対象を大切にする姿勢は、パレスチナやチェルノブイリの人々との深いかかわりを築き、いくつもの救援団体を立ち上げている。

略歴

Biography

1943年 中国天津市の日本人植民者のコロニーで生まれる。
1945年 敗戦後、3歳で日本に引き揚げる。
1963年 登山仲間の布川哲郎とフォトジャーナリズムのサークルを立ち上げる。離島問題、公害問題、視覚障害者のテーマや「早大闘争」と呼ばれた学生運動を記録し、発表。
1967年 卒業後、イスラエルへ渡り、農業共同体(キブツ)に入る。その直後、第3次中東戦争が勃発。
1970年 帰国し、中東問題を中心に海外取材を重ねる。
1982年 レバノン戦争とパレスチナ難民キャンプ虐殺事件を取材。
1987年 講談社の「DAYS JAPAN」編集部に入る。1988年に創刊号特集としてチェルノブイリと世界の核問題を取材し、広瀬隆氏と組んで「4番目の恐怖」を発表。その後七三一部隊など昭和史の問題、核問題、中東問題などを取材し、発表。
1990年 1月号で「DAYS JAPAN」が廃刊になった後、フリーとして湾岸戦争の取材を開始。その後パレスチナ問題、チェルノブイリ問題を追い、9・11事件の後はアフガニスタン戦争、イラク戦争を取材。
2004年 講談社時代の昔の仲間と報道写真誌「DAYS JAPAN」を再刊し、編集長を務める。
2011年 震災翌日の3月12日に福島県に入り、13日に双葉町を取材。「DAYS放射能測定器支援募金」「DAYS被災児童支援募金」をたち上げる。
2012年 福島の子の保養施設として沖縄県久米島にNPO法人「沖縄・球美(くみ)の里」設立、理事長に就任。
2014年 10年務めた「DAYS JAPAN」編集長を退任し、発行人兼フリーランスのフォトジャーナリストに。
現在も取材活動、救援活動を続ける。

写真展

広河隆一 非核・平和写真展開催を支援する会主催で1991年から全国で900回以上の写真展を開催。

テレビ作品

日本テレビ、NHKを中心にチェルノブイリ、中東などの報道番組を多数制作発表。

出版活動と受賞歴

1972年 「ユダヤ国家とアラブゲリラ」(草思社)を出版
1982年 レバノン戦争とパレスチナ人キャンプの虐殺の記録でよみうり写真大賞受賞
1983年 同報告で IOJ国際報道写真コンテストの大賞と金賞を受賞
1989年 「DAYS JAPAN」のチェルノブイリとスリーマイル島原発事故の報告で、講談社出版文化賞受賞
1990年 「核の大地」(講談社)
1992年 「エイズからの告発」(徳間書店)
1993年 「チェルノブイリから〜ニーナ先生と子どもたち」で産経児童出版文化賞受賞
1994年 「戦争とフォトジャーナリズム」(岩波書店)
1998年 「人間の戦場」(新潮社)で日本ジャーナリスト会議特別賞受賞
1999年 「チェルノブイリ消えた458の村」(日本図書センター)で平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞
2001年 「パレスチナ 瓦礫の中の子どもたち」(徳間文庫)
2002年 「新版パレスチナ」(岩波新書)で早稲田ジャーナリズム大賞を受賞
2003年 「写真記録パレスチナ」(日本図書センター)で土門拳賞受賞
2008年 40年間取材した写真・映像で構成したドキュメンタリー映画『パレスチナ1948・NAKBA』を劇場公開
2009年 全30巻のDVDボックスNAKBAを制作
2012年 「新・人間の戦場」(DAYS JAPAN)などのノンフィクション、写真集、小説、訳書を多数出版
2015年 12月 映画『広河隆一 人間の戦場』を公開

そのほか、チェルノブイリ救援の功績として、2000年にウクライナ大統領、国会議長から感謝状を贈られる。2001年にベラルーシから国家栄誉勲章(フランシスコ・スコリナ勲章)、2011年にウクライナ有功勲章を受章。

主な救援活動

パレスチナの子どもの里親運動

パレスチナ難民キャンプの子どもたちの支援運動として1994年に設立。広河は設立時に代表を、現在は顧問を務める。親を亡くした子どもたちの生活費や教育費を出す活動を始め、レバノン各地のパレスチナ難民キャンプで7か所の「子どもの家」を設立、増設、改修し、運営を支えた。

チェルノブイリ子ども基金

病気の子どもをもつ母親たちの呼びかけを受け、1991年に設立し、チェルノブイリ救援を始めた。ベラルーシやウクライナの病院に日本から医療機器・医薬品を送り、子どもたちの保養施設「ナデジダ」(ベラルーシ)、「ユージャンカ」(ウクライナ)の建設や運営を支援してきた。現在広河は代表を退いている。「ナデジダ」ではこれまでに7万人の子どもが保養している。

沖縄・球美(くみ)の里

福島原発事故で被害にあった子どもたちの健康維持のため、日本で最初の保養センターとして2012年7月に沖縄県久米島に設立。2017年12月末までに子ども2883人、保護者726人を受け入れる。2015年秋に広河は理事長を退任した。現在名誉理事長。

写真展開催希望者募集中です。

本当のことを知るために、伝えるために、写真展をしませんか?
また、チラシ配布にご協力いただける方はご連絡ください。

RYUICHI HIROKAWA

Photojournalist